大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉家庭裁判所 昭和47年(少)591号 決定 1972年7月11日

少年 N・I(昭二八・五・二三生)

主文

少年を医療少年院に送致する。

押収してある折曲果物ナイフ一丁(昭和四七年押第三九号の一)、肥後ナイフ一丁(同号の二)、彫刻平ノミ一丁(同号の三)、千枚通一本(同号の四)およびドライバー(ミシン用リッカー印)一本(同号の六)を没収する。

理由

一  犯罪事実

少年は

(1)  昭和四六年一一月一日ごろの午後八時ごろ、いわき市○○○町○○○×××番地、○井○雄方において、同人の所有する現金二〇〇円およびグロンサン四本(時価一六〇円相当)を窃取し、

(2)  同年同月二日午後一時ごろ、福島県双葉郡○○町○○○○○○○○○○×番地、○○学園家庭舎五号、○保○雅○方において、同人の所有する郵便貯金通帳一通(残高五、一五一円)および古銭八枚(時価約五〇〇円相当)を窃盗し、

(3)  上記窃取にかかる○保○雅○名義の郵便貯金通帳を利用して、郵便局員に対し、同通帳の名義人である○保○雅○が請求しているように装つて払い戻しを請求し、局員をそう誤信させて、残高五、一五一円を交付させてこれを騙取しようと企て、あらかじめ○保○の認印を購入準備したうえ、同年同月四日午前九時三〇分ごろ、いわき市○○○町○○××の×、○○○郵便局において、行使の目的をもつて、郵便貯金払い戻し金受領証用紙の払い戻し金額欄に五、一五一円と記入し、住所および氏名欄に、千葉市○○○××、○保○雅○と記入し、同人名の下に○保○の認印を押捺し、もつて○保○雅○名義の郵便貯金払い戻し金受領証一通を偽造し、即時同所において、同郵便局係員郵政事務官○藤○之に対し、これを郵便貯金通帳とともに提出して行使し、さらに、同人から、右領収証に記載した住所と押捺した印影とが通帳に記載のある住所と押捺のある印影と異なるから、払い戻しできない旨を告げられ、即時同所において、行使の目的をもつて、同人に依頼して、情を知らない同人をして、改印、住所移転届書の住所欄および氏名欄に前同様の住所および氏名を記入させ、氏名欄中の押印箇所に○保○の認印を押捺させ、もつて○保○雅○名義の改印、住所移転届書一通を偽造し、即時同所において、右○藤○之に対し、同人の手許にある右届書に基づき所定の手続を進めることを依頼してこれを行使したが、同人が右各文書の成立の真正を疑い払い戻しを拒絶したため、詐取の目的を遂げず、ならびに

(4)  同年同月五日午前一時ごろ、前記○○学園事務室において、同学園事務員○田○ヤの所有する現金二〇、〇六〇円を窃盗し

たものである。

二  適条

上記事実(1)、(2)および(4)は、いずれも刑法二三五条に、(3)は同法二五〇条、二四六条、一五九条一項、一六一条一項に該当する。

三  医療少年院送致の事情

(1)  少年は、既に小学校二年当時から、非行歴を有し、昭和三六年一〇月三一日自転車等の窃盗のため、さらに昭和四〇年六月三日、強制わいせつのため、いずれも平児童相談所に通告され、昭和四〇年九月二〇日、同相談所長により、児童福祉法二七条一項三号に基づき、精神薄弱児施設である福島県福祉事業協会○○学園入所の措置を受けた。同相談所での判定では、少年の知能指数はI・Q五二であつた。その後、少年は、同学園における教化教育の後、昭和四四年三月三一日、同学園内併置の富岡第二中学校修了と同時に、措置解除を受け、いわき市内において左官見習として就職した。同年一〇月蓄膿症手術のため退職した後、少年は、昭和四五年二月、家族と共に千葉に移転し、川鉄工員として稼働したが、約一ヶ月の怠業の後、昭和四六年六月には、仕事に行きづらくなつて他の職を求めて家出し、親族の多い福島県に出掛け、親族窃盗を累行し、そのまま大阪まで行き、結局、職を得ることなく帰宅した。その後、少年は、再び○○工員として稼働したが、給料を受領直後の同年一〇月二四日、電車に乗りたいと家出し、千葉市内で徒遊後、再び福島県に出掛け、本件各非行に及んだ他、前同様、親族窃盗も犯すに至つた。少年は、犯行後新潟、青森等を経て帰宅し、再び○○工員として稼働したが、長続きせず、昭和四七年四月から五月にかけては、父の斡旋でハツリ工として稼働したが、同年五月二〇日、給料を受領するや怠業するに至り、同年六月五日、父母との喧嘩の後、家出し、同月七日から肩書住所地に住み込み、ハツリ工として稼働していた。

(2)  少年は、現在、言語性I・Q五九以下、動作性I・Q六八と判定され、知能は魯鈍級である。少年は、前記○○学園において、精神薄弱者のための教化教育を受けたが、これが不充分だつたのか、それとも、結局は年少者のための教化教育に過ぎなかつたのか、依然として、幼稚な言行は改善されず、上記の経歴をみても、現金を手にするとたちまち労働意欲を失い、その場限りの感情、欲求に従つて怠業、家出を繰返していること、その揚句の非行も、親族窃盗ないし、かつて自分が教育を受けた○○学園からの窃盗と、自己の庇護者からの窃盗が主流をなしていること、郵便貯金払い戻しの方法も、はなはだ稚拙であること等から、少年の行動が幼稚で精神薄弱者に必要な基礎訓練に欠けたものであることが認められる。

(3)  少年の父は、今後少年の更正に尽力する旨を述べるが、過去の少年の保護状態をみても、父には、少年に対する愛と配慮に欠けた行動が多く見られ、少年は、父とは心的交流が乏しく、母は保護能力はあるが、父母の間の意思疎通もかつては劣悪であつて、現在では母は収容保護を希望している。また、父母ともに、少年の低知能についての理解は少ない。しかし、少年の兄は、知能は少年と同様低いにもかかわらず、真面目に勤務していることを考えると、少年の家庭環境は、決して望ましいものではないし、また、少年自身、一人立ちしたい旨を述べるが、少年の家出、非行の累行は、家庭環境の劣悪さからの逃避の要素よりも、むしろ、前記のとおりの低知能に由来する基本的生活習慣の欠除の方が主因をなしているものと考えられる。

(4)  そうすると、現在少年に必要なのは、自主的な判断方や欲求の制禦の能力であるが、少年および保護者には、このための教育は致底期待できない。そうすると、その教化教育を収容保護により行うか、非収容により行うかを検討しなければならないが、前記のとおり、○○学園での年少者に対するものとしての教育は、必ずしも未だ結実しておらず、既に成人を間近にして、年長の精神薄弱少年としての訓練を受ける必要があり、それも、最も基礎的な生活習慣の習得から始めなければならない。もつとも、ここでいう基礎的生活習慣とは、既に施設での生活を経験している少年が身につけている礼儀作法といつた外面的なことではなく、労働の習慣とか、計画性とかいつた、いわば少年の自己自身の行動枠組の社会化の問題である。この習得のためには、少年の能力をも考えれば、保護観察によつてはこれを期待することは困難であり、医療少年院における精神薄弱者のための専門的教化教育が、その最初の段階として必須であると考えられる。しかる後に、初めて、少年を社会の内に置いて、そこでの体験を通じて、専門的指導により、さらに社会的適応性を向上させることが期待できるようになるであろうし、そうでなければならない。

(5)  そうすると、本件については、少年を医療少年院に送致するのが相当であるから、少年法二四条一項三号、少年審判規則三七条一項、少年院法二条五項に従い、かつ、押収してある主文掲記の物については、ドライバー(ミシン用リッカー印)一本以外は、少年が、前記犯罪事実(2)および(4)記載の行為に供しようとして所持していたものであり、ドライバーについては、同事実(4)記載の行為の際、机の引出をこじ開けるのに供したものであつて、いずれも少年以外の者に属しないものであると認めることができるから、少年法二四条の二、一項二号を適用してこれを没収することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 江田五月)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例